若手プレイヤーの奮闘と挑戦

若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.11




目次


    • 福島No.1プレイヤー
    • 目標とする選手はアイバーソン
    • 誰よりも大きな心を持つスモールプレイヤー
    • 「アメリカに行きたい」の一点張り
    • ツナグ…FUKUSHIMAを

2019年7月から連載を始めた
「若手プレイヤーの奮闘と挑戦」
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.1
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.2
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.3
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.4
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.5
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.6
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.7
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.8
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.9
若手プレイヤーの奮闘と挑戦 No.10

猪狩渉、秋田ノーザンハピネッツの長谷川暢酒井逹晶鍵冨太雅、中山大輔

2019年6月某日に行われたワークアウトに集まった
若手プロ選手やアメリカの大学で戦う選手達

彼らを追いかけている。


また、若手プレイヤーの1人が海を渡る決断をした。
その名は四家魁人。
福島県出身で福島南高校を卒業し、アメリカのフロリダにある212アカデミーに留学することが決まった。
この連載でも、先日スラムダンク奨学金のメンバー達が渡米したことを書いた。
今更だが、コロナ渦で国をまたぐ移動には私たちにはわからない大変さ、そして様々なリスクがあると思う。
もっといえば、単純に留学をするだけでも、様々な手続きや苦労があることは想像にたやすい。

四家魁人

おそらく彼のことを知らない人の方が多いだろう。

それでも、私は彼に期待してしまう。
それには理由がある。
だからこそ、今この記事を書き進めている。




福島No.1プレイヤー


四家魁人は小学校2年生から福島県の赤井ミニバスでキャリアをスタートさせた。
いわき市立中央台北中学校に入学、途中で国見町立県北中学校に転校し、東北大会3位の成績をおさめた。中学時代にはジュニアオールスターにも出場している。
高校は福島県の強豪である福島南高校に進学し、1年生からメンバー入り。それだけに留まらず
、スタメンとして1、2年次にウィンターカップに出場。国体にも出場し、3年次にはキャプテンとしてインターハイに出場(2回戦敗退)した。

ある選手が、四家魁人のことを「福島No.1プレイヤー」だと、息荒く教えてくれた。

「No.1プレイヤー」

この言葉を聞くと、自然とバスケ好きの私には、あの人気漫画が思い出された。
不屈の名作「スラムダンク」だ。

余談だが、私もポイントガードとして長らくバスケットボールをやってきた。
四家魁人もまたスモールプレイヤーとして日本ではポイントガードやシューティングガードでプレーをしてきた。

しかし、お世辞にも全国で結果を残してきたとはいえない。
全国にはもっと上がいるかもしれない。
それでも、四家魁人は自身の可能性を信じ、アメリカを選んだ。
自分以外に多くの優れた選手がいることを理解しながら、自身のスタイルを曲げることなく、ただ、一心不乱に自分の強さを生かし、向かっていく姿勢は、どことなく、スラムダンクのキャラクターとして登場してきそうな気もする。



目標とする選手はアレン・アイバーソン


昔、四家魁人は、目標とする選手をアレン・アイバーソンと答えた。
アレン・アイバーソンの全盛期は2000年前後のセブンティーン・シクサーズに所属していた時だと記憶する。NBA得点王を4回獲得し、2001年にはMVPを獲得している。

当時、四家魁人は生まれたばかり。

もちろんその後も、アレン・アイバーソンはデンバー・ナゲッツなどで活躍はしたが、引退をした2011年当時、四家魁人は小学校高学年だ。

四家魁人本人に「どうして少し世代の違うアイバーソンが目標なのか?」と尋ねてみた。
その理由は「初めて見たNBA選手がアイバーソンだったから。」という以外にも普通な答えが返ってきた。
しかし、その後に、「今はアイバーソンになりたいか?と言われたら、自分にしかなれないスーパー
スターになりたい!」と四家魁人は続けた。

その言葉を聞いて、正直まだ何も成し遂げてはない彼の覚悟とハートの大きさに魅力を感じた。
そして、そこにはきっとアレン・アイバーソン以上に大きな影響を受けた選手がいるのだと私は強く感じずにはいられなかった。



誰よりも大きな心を持つスモールプレイヤー


ここまである選手がきっかけをくれたと書いた。
そのある選手とは、同じ福島県出身の猪狩渉だ。
猪狩渉はスラムダンク奨学金の8期生として渡米し、今もNBAを目指し、挑戦を続けている。

四家魁人はそんな猪狩渉を見て育ったそうだ。

同じ赤井ミニバスの出身で、転校前の中学も同じである。猪狩渉もそんな四家魁人との関係を「兄弟のようだ」と話してくれた。

猪狩渉も何度もこの連載に登場しているが、この連載を始めるきっかけになったのが猪狩渉だ。
是非ともご興味がある方は過去の連載も読んでいただきたい。

私が四家魁人のプレーミックスを初めて見たとき、どことなく猪狩渉の匂いを感じた。
そして、失礼だが、18歳当時の猪狩渉とは比にならないポテンシャルを感じた。

その猪狩渉が今回の四家魁人のアメリカ留学のサポートを行なった。何より、猪狩渉がアメリカで経験した様々な知識やスキルを1番近くで吸収し続けたのが、四家魁人なのだと思う。

猪狩渉は168センチのスモールプレイヤーだが、誰よりも大きな心を持つ男だ。彼自身もまだ24歳で、自身の挑戦の中で、きっと不安なこと、悩んでいることもあるだろう。それでも、後輩達に自身の経験やコネクションをフル活用し、様々なサポートを惜しまない。

しかし、現実は様々な活動をしていても、猪狩渉は現在、無所属でプロ選手ではない。

きっとそんな彼を、誰かは笑うだろう。

それでも、猪狩渉の想いはこうやって、四家魁人へと受け継がれ、今は2人で切磋琢磨しながら、今までとは違う新しい扉を開けていく。
そして、夢を追いかけ、アメリカに旅立った四家魁人から、猪狩渉もまた自身の夢であるNBAを目指すための刺激を得ているのは間違いない。



「アメリカに行きたい」の一点張り


今回の四家魁人のアメリカ留学のサポートをした存在がもう1人いる。
現在、B1の琉球ゴールデンキングスでプレーする船生誠也だ。

今回の経緯に関して船生誠也がnoteにまとめているので、その発信も是非読んで頂きたい。

船生誠也の父はミニバスの指導者で、この3人は船生誠也の父から指導を受けた。

ミニバス時代の指導はその後も大きく左右すると私は感じている。
「バスケットボールにのめり込めるか」
そんなバスケットボールの楽しさを感じ取るきっかけを与え、

「もっと上手くなりたい!」
「もっと成長したい!」

と感じられるかが大切だと私は考えている。

船生誠也、猪狩渉、四家魁人のバスケットボールのベースはきっとミニバス時代に築き上げられたのだと思う。

船生誠也のnoteにもあるが、四家魁人は進路に関して

「アメリカに行きたい!」

その一点張りだったようだ。
それには間違いなく猪狩渉の影響があったはずだと船生誠也も書いている。

そんな四家魁人を船生誠也は素直に「羨ましい」と綴った。
行動することは誰にでもできるが、いざ、実現するとなると容易くはない。

何よりも四家魁人にそれだけの魅力がなければ、誰も手を差し伸べてはくれない。

猪狩渉、船生誠也はじめ、多くのサポートで今回のアメリカ留学を実現することができた。そして彼らの想い、福島の想い、何よりも世代を超えて、船生誠也の父から繋がる想いを背負って、四家魁人はアメリカに旅立った。

応援する者も、応援される者も、様々な感情が入り乱れる。
どんなに夢が大きくても、こんな時代に単身アメリカに向かうのだから…

けれど、きっと多くの人が四家魁人の背中を押してくれる。
その先頭では、猪狩渉が誰よりも熱く、船生誠也がさりげなく優しく…
それはどこか、コートでの彼らの魅力や役割と重なるような気がした。

話を聞いて、きっと彼らは想いを共有した素晴らしいTEAMなのだと…感じずにはいられなかった。



ツナグ、FUKUSHIMAを


10年前、東日本を襲った未曾有の被害を生んだ震災を私たちは忘れることはない。
日常が奪われたあの日、猪狩渉は中学校のバスケ部のキャプテンとして体育館にいた。

当時、バスケットボール指導者として活動していた23歳だった私も、東京の地で、自身の無力さをただただ感じた。

スポーツが止まった…

それでも少しずつ、悲しみを乗り越え、前を向き、スポーツが、バスケットボールが多くの人の中で、なくてはないものとして、存在価値を見出していったように思う。

Bリーグの誕生はその大きなきっかけとなった。

そして今は、コロナウィルスで世界中が思い描いていた未来図を描けなくなっている。

しかし、だからこそ私はスポーツの力を信じたい。

そして、10年前、様々なものを失った福島に生まれた彼らが、それぞれに想いを持って、新しい扉を開けるのだ。

それは彼らだからこそできることなのかもしれない。

今年、8月。
スラムダンク奨学金は14期の最終選考と15期の募集の中止を決定した。

昨今の情勢を考えれば、致し方ないとは思う。創設者の井上雄彦先生のメッセージには、短くても様々な想いがにじみ出ていた。

その中で、感じたことがある。



始まれば、終わりは必ずやってくるということだ。

失礼な言い方になるが、スラムダンク奨学金もいつかは必ず終わりがくる。

けれど、始めることはいつの時代も私たち次第だ。

震災や感染症…それら以外の何かで、私たちの生活は変化をして行かなくてはいけないし、新しいカルチャーが作られていくだろう。

大切なものを残していきながら…けれど、何かを変えていきながら…

そんな中で、今回、スラムダンク奨学金を経験した猪狩渉が、アメリカ留学をサポートするというのは、形は違えど、そこにスラムダンク奨学金の想いや意志が、猪狩渉を通して受け継がれていくのだと思う。

井上雄彦先生が日本バスケの未来を信じて、続けてきてくれたスラムダンク奨学金。

その奨学金で育った選手が、自身の力と様々な協力を得て、アメリカ留学をサポートする。
これ以上の恩送りはないのではないか。

それは、あの日、多くを失ってしまった福島という地に生まれたからこそ、芽生えた「繋ぐ」という想いなのかもしれない。

ツナグ…FUKUSHIMAを

この地から、いつかNBA選手が生まれてほしい。

そして、それが猪狩渉か、四家魁人であったなら…

猪狩渉はあるメッセージを私に送ってきた。

「日本代表じゃなくたって、NBA目指したっていいでしょ?」

その先には、屈託のない笑みを浮かべる猪狩渉の姿が想像できた。

きっと、彼らが福島から新しい歴史を作ってくれる。


今回の登場選手


四家魁人
Twitter
https://twitter.com/s3_kaito?s=21

船生誠也
Twitter
https://twitter.com/funyuuseiya?s=21
Instagram
https://www.instagram.com/funyu_seiya/

猪狩渉
Twitter
https://twitter.com/chuckwataru?s=21
Instagram
https://www.instagram.com/wataru_4/

是非、フォロー、応援をお願いいたします。







コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA